北九州市 発祥物件探訪 小倉魚町銀天街

バックナンバーはこちら

小倉の顔!

モノレールが乗り入れ、そこに広がる空間はどこかSF映画を思わせるようなJR小倉駅。

南口のほうを見るとぽっかりと口を開けた出口からまばゆい光が射し込んでいる。

そこをくぐり、外に出ると目の前に広がるのは北九州市の中心小倉の街。

開放的で、ビルの間を直線的に進んでゆくモノレールの高架が、近未来的で他の都市とは違う面白さを感じさせてくれる。

そんな都会的な空間の中、全国に「アーケード商店街発祥の地」として名を轟かせる、昭和の色薫るアーケード商店街、「小倉魚町銀天街」がある。

今も尚、多くの老舗店が残り、多くの買い物客で賑わい、常に活気に満ちあふれている。

ところで、アーケードって優れものとは思わない?

雨の日や風の強い日もなんのその、ショッピングには影響なし!夏、銀天街の外がうだるような暑さでヘトヘトになっていても銀天街に入れば一安心。各お店から流れ出してくるクーラーの冷気のおかげでヒンヤリ快適空間。

冬場はその逆、アッタカ温室空間。ただし風の強いときなどは、突如として冷風が吹き込んでくるから要注意!特に入り口付近ではね。

まあ、そんな優れものの「発祥の地」が我が町、北九州市小倉であったとは実に誇らしい。

店主達の心意気!

店舗が建ち並び、天候を気にせず、歩きながら多くの人達を魅了できるアーケード商店街。

そんなアーケード商店街を作ろうと店主の皆さんは考えた!

早速役所の方に掛け合いに行くのだが 「前例のないモノは許可できない」と却下された。

だがアーケードの必要性を重視した店主の皆さんは、資金を出しあい無謀にも建設に着手。

それでも役所は首を縦に振らず、とうとう店主の皆さんは大胆にも、当時の建設省と直接交渉を開始することにした。その熱意が伝わり「試験的に許可」という国からのお墨付き奪取!

胸を張ってアーケードの工事を継続することになる。

そしてついに昭和26年10月、全長130メートルのアーケードが完成し、一般公募した愛称名は「銀天井に輝く街」を意味した「銀天街」に決定。

ここに日本初のアーケードを持った商店街「小倉魚町銀天街」が誕生したのだ。

このことは日本中で話題となり、その後全国各地にアーケード商店街が誕生してゆくのである。

小倉魚町銀天街はオリジナル?

アーケード(arcade)とは、中央部が上の方向に曲線の形をした梁、または曲線の形をしたものであるアーチやアーチを平行に押し出して作るかまぼこ型の天井様式の呼称ヴォールトなどが連続して作られ、それらを柱で支えた通路や道路を指す言葉である。

日本にはアーケードの起源として、雪国の商店街などに設置されている雁木造という雪よけの屋根や江戸時代に江戸の町屋に設置されていた庇を道路に延ばした庇下、昭和初期頃、瀬戸内沿岸あたりで強い日差しから食品の鮮度を守るためや日焼けを防止するために道路全面に屋根を設置していた共同日覆いなどがある。

この西洋と日本の二つの要素を掛け合わせた独自のスタイルが「小倉魚町銀天街」と言ってもイイだろう。

そのスタイルが全国に広がっているのだ。

新時代の顔に!

旧電車通りを挟んで、縦軸にある「小倉魚町銀天街」。南に突き抜けると市民の台所「旦過市場」があり、北へ向かうとJR小倉駅がある。そこを中心とした横軸には複数のアーケード商店街が軒を連ね、「小倉魚町銀天街」を中心としたアーケード商店街連合を形成している。

日用品から衣類に雑貨、CDや携帯電話、何でも揃い献血もできる。飲食店も多い。昼食時になると会社員や買い物客で何処もイッパイになる。

また、周辺には、JR小倉駅、井筒屋やリヴァーウォーク北九州、COLET IZUTUYA、小倉城に北九州市庁舎などが点在し「歩き」利用するのなら何処に行くにもに、この商店街連合の中を通らなくてはならない。

小倉の街は歩いて買い物、歩いて観光、歩いてビジネスが可能な街。21世紀は環境にも優しく、健康にもよい「歩き」による行動が増えてゆくことだろう。

そんな「歩き」をより楽しくするのは、まずはショッピングではないだろうか。魅力的な街作りで人々が通う商店街。そこには人々の笑顔や活気が生まれ、街は活性化してゆく。その中心となるのがアーケード商店街発祥の地となる「小倉魚町銀天街」である。

何故なら戦後の混乱から高度成長期を、オイルショックやバブルの崩壊など様々な歴史の流れを経験し、それらを乗り越えてきた知恵、そしてアーケード商店街を作った実績がそこにはある。そう、いよいよその知恵と実績を使うときが来たのだ。

「小倉魚町銀天街」新たなる発祥の地を目指して!

ライター/碇 義彦

バックナンバーはこちら

コメントは受け付けていません。