第8回 北九州市と関門の誇り、関門トンネル(鉄道)

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実は世界初!

  

関門海峡を渡るために、みなさんは何を利用されますか?

関門橋、それとも関門渡船。色々な方法がありますが、一番身近なのはやはり関門トンネルでしょう。

関門トンネルにも、国道、人道、新幹線、そして、JR在来線の4つのトンネルがあります。

この関門トンネルの中で、世界初となった海底トンネルがあるのは御存じでしょうか。それは、1943年開通のJR在来線の関門トンネルです。

北九州市が発祥の地となった競輪やアーケード型商店街等を紹介してきましたが、実は、世界初となるものもあったのです。もちろん、隣街の下関市と共々での偉業であるということを忘れてはいけません。

関門トンネルをみなさんも一度は利用したことがあるでしょう。で、トンネルからお魚は見えましたか?見えないですよね。でも、「魚が見える』と思っている人は意外と多いんですよ。

これが!まあ、名称をみればお分かりのように、海中ではなく海底なんです。

でも、トンネルの中からお魚さんが見えたらそれは楽しいでしょうね。遠い未来にはそんな夢のようなトンネルができるかもしれません。

今回は世界初の海底トンネルである関門トンネルのお話をしましょう。

明治時代からの夢、そして九州の玄関口へ

九州と本州を海底トンネルか橋で結ぶという夢は、実は明治の時代からあったのです。1911年に関門連絡強化の研究が始まり、船、橋、トンネルでの3つの案が検討されました。

工費の面、当時の社会情勢から国防を考えたとき、海底であれば攻撃を受けても心配のない、トンネルの案が採用されたのです。

しかし、第一次世界大戦の勃発、世界恐慌に関東大震災などが影響して調査の進行が遅れ、20年以上の年月をかけた1935年、ようやく路線が決定されたのです。

そして1936年、地質調査と湧き水排除のために延長1322mの試掘トンネルが掘られ、本格的な工事が始まりました。トンネルは、単線並列式の上下線2本。それは現在下関側(彦島)で二つのトンネル口を確認することができます。

トンネルの工法は、シールドマシンで掘削した円形の断面を持ち、トンネル本体が分割されたブロックで組上げられた、軟弱地盤でも掘って行くことのできるシールド工法です。トンネルは下り線から掘り始められました。

そして1942年11月、全国民の見守る中、3614mの下り線が開通しました。その翌年、3604mの上り線が開通し、明治からの夢を叶えたのです。

関門トンネルは、今でも九州の真の玄関口として、多くの人達を九州に迎え入れるために活躍しています。

関門トンネルアラカルト

丸くない口

門司側の入り口は大里東口付近。1140mの海底部は小森江付近からとなります。下関側のトンネル口は円形で、いかにもトンネルという雰囲気を醸し出しているのですが、門司側は四角い大きな口が開ききっているという感じです。その雰囲気は、JR門司駅のホーム先端から確認することが可能です。

電気が消える?

直流と交流が切り替わる瞬間を楽しむことができます。楽しいと言っても一瞬、車内の明かりが消え再度点灯するものです。ちょうど門司側のトンネル口を出た所で体感できるでしょう。

  

蛇行して見える

運が良ければ、運転席の横窓からトンネル内部を観察することが可能です。直線という感じではありません。少しづ蛇行して下ったり登ったりすることを確認できます。なかなか面白い光景ですよ。それとチューブの中を走っているような状況も確認することが可能です。

大水害で浸水!

1953年の大豪雨のとき、上流から下流に大量の雨水が流れ込み、関門とネルは浸水!それはそれは激しく、JR門司駅のホームには多くの荷物の山ができていたということです。

開通時を知る機関車にあえる!

九州鉄道記念館に行けば、開通日にトンネルを走った機関車にあえます。今では珍しい展望デッキの着いた機関車です。

これからも大動脈として

もう開通してから60年を過ぎた関門トンネル。今も尚多くの人達が電車を通じて関門トンネルを通り続けています。常にメンテナンスを行い安心して通れるように関門トンネルはいつも磨きあげられています。みなさんも改めて世界初の関門トンネルの偉業を再確認してみてください。

ライター/碇 義彦

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